2014年11月30日

スピリッツ

私にとって衝撃的な事が起こった。
最早、偶然とは言えないほどの運命を感じたが、
その裏で糸を引いていた須賀がほくそえんでいる顔が浮かんだ。


...昨日、スタジオに行くと、
靖子が1985年のsuga第二回公演のビデオが無いか聞いてきた。
来年の公演の参考にしたいらしい。

この公演は1984年に設立した文化映像の、初めての大きな仕事だった。
しかし、ある理由で私はこのビデオのマスターを捨てていた。
昨年靖子が持っていたこのビデオをDVDにするように頼まれ、
コピーを息子に任せ、見もせずにいたが、予備に1枚保存していた。

およそ30年も前に撮影したビデオを昨夜改めて見てみた。
古めかしい文化映像のタイトルの後、「スピリッツ」のタイトル、
バックにはこれからの新しい時代を切り開いてゆこうとする、
須賀と私の心臓の鼓動が重なりあって激しく脈打っている。
ナレーターが曲目を紹介。

オープニングナンバー、、、、、、、、何と!!!

2011年のイオンの発表会で、希帆と千早を見初めたのは何度も書いた。
2012年の春からスタジオを覗き始めたが、
(過去一度もスタジオにレッスン生を見に行った事は無かった)
「よろこびのはじまり」を出版した事と、千早がいなくなった事もあり、
希帆一人を見に行くのも気が引けて、足は遠のいていった。

「Prema of M」の撮影の為再びスタジオに通い始めたのが
10月初旬だった。
当然のように注目したのは希帆だったが、側に夢菜と沙也華がいた。
この時はまさか、現在のようになるとは思いもよらなかった。

挨拶程度の会話しかしなかった、angel達と私を繋いだのは、
翌年の春のスタジオ発表会の為に練習していた,We Are The Worldだった。

夏未の選曲したこの曲は、私たち世代のアフリカバージョンではなく
リメイクされたハイチバージョンだったが、それも気持ち良かった。
この曲には色々な思い出があり、何故か懐かしい曲だ。
何よりも、この曲を踊っている希帆達に魅了されていった。

今でも思うが、これがWe Are The Worldでなかったら、
あれほどスタジオに通っただろうか?
そして、ひすいの机の上にカメラが無かったら?
(ご丁寧に、このカメラはイオンの発表会で突然ひすいに手渡され
集合写真を撮らされたと言ういわくがある(笑)!)

そして、過去に書いてきた希帆との因縁(今ではそう思っている)
偶然が偶然を呼び、須賀との因縁が繋がった。

もうお解かりだろう。
怒りで捨て去り、全く私の脳裏から離れていた筈の映像。
29年ぶりに見たSUGA STUDIO 第2回公演
そのオープニングナンバーは、、

We Are The World

結局、私は須賀に操られていた事になる。

まあ、それも楽しい人生だ(笑)!



posted by satowa2 at 01:12| Comment(0) | essay | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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