2014年10月30日

何故、希帆だったのか、、、番外編

真由美のFBで昔の思い出が語られている。
この二人にも、大きな繋がりがあった。

Untitled1.jpg







...1995年、ハワイでSUGAの荷物を運んでいた幼い少女は、
翌年マウイで私の心を動かす程オーラを放ち始めた。
ビデオに転向しておよそ10年、全く触る事が無かったスティールカメラを
再び握らせた少女が、真由美だった。

それから6年の間、ハワイ、北海道、高知と、須賀連やセントラルで踊る彼女を
写したのだが、2001年を最後に、高知国体の準備もあり、
私が「よさこい」と離れた為、会えなくなった。
再び被写体を失ったカメラは、戸棚の片隅に飾られたままになった。

この頃、希帆がSUGAに通い始めたらしい。

縁があった、と言うのだろうか?
先述した偶然が重なって、
2013年この少女が再び私の手にカメラを握らせた。

何気なく写したこの二人、真由美のコメントを読むうちに気が付いた。
この公演は、33年のSUGAの歴史の中で、初めての事や、
いろんな偶然が重なりすぎている。

真由美はこの公演がインストラクター復帰後、最初の公演である。
その教え子が初主役の踊りで二人が絡む姿を、
18年ぶりにディレクトする私が撮影する。
偶然にしては出来すぎたドラマだろう。

来年の市民文化祭「國友須賀」では、主役が誰であれ
須賀の少女時代はおそらく希帆が演じるだろう。

私をIZANAIへの世界へ導いた少女は、SUGAへの過去をも蘇らせ
新たな形になりつつあるSUGAの鍵となろうとしている。

何故、希帆だったのか、、?

ではなく、

希帆でなければならなかった。
と言ったほうが良いのかもしれない。

I Dream
彼女達には、いい夢を見せて貰った。
私もそろそろ、夢から覚めてカメラを置く時が
来たようである。

もう一つ付け加える事がある。
今回の舞台の照明、今まで1回目の公演以来33年見守ってくれていた
明神さんではなく、息子さんの昴(すばる)君が初めて照明プランを
作ったと、打ち上げの時に聞いた。

最早、偶然では済まされなくなっている(笑)!

posted by satowa2 at 21:36| Comment(0) | essay | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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