2014年08月22日

Rise with Peace Flame in Kochi Yosakoi 巫女さん

春さん、と言うと佐藤春雄さんと同じになるので、
春ちゃんというのも年齢的に合わない(笑)!
では、佐々木さんと言うのも、親しみがわかない。
で、結局「巫女さん」と呼んでいる。
佐々木春、通称「巫女」

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昨年の、高知よさこいまつり、で彼女の存在感に驚かされた。
言葉はいらない。
彼女こそ、須賀の魂そのものだと思った。
IZANAIの踊り子、人生をかけて踊りぬく事、
本人の決意が独特の表現となって、圧倒的な存在感を魅せる。

通常、踊りに限らず、音楽家や芸術家と称する人達の中で、
この種の人は、一種独特の雰囲気を持ち、些か天狗になっている人が多い。
それは多分に、周りの人達の反応によることが多いのだが、
彼女の場合、それは踊りのスタイルだけであって、
平常は、いつもニコニコと笑みを絶やさない、素敵な女性で
到底、あの鬼気迫る踊りを踊っている人とは結びつかない。

そうはいっても、時々見せる、心の奥を見透かしているような眼光と、
彼女の持っている信念が、私を近寄らせるのを躊躇わせていた。
彼女が私を気遣って、笑顔で声を掛けてくれていたにもかかわらずである。

彼女の本当の姿を理解出来たのは、昨年の韓国遠征の時だった。
仁川の空港で、夢菜と沙弥華と私のショットをカメラに収めてくれたのが
巫女さんだったが、その時のしぐさが、まさしくプロのカメラマン。
私は、経験から、カメラの扱い方で、その人の技量、人間性がある程度
理解できる。
人物写真は、写す人の姿ではなく、写す人の大切な時間を記録するもので、
出来るだけ、その人が思い出に残る表情を写す事が重要だ。
その気配りが出来るかどうか?

その時の写真は、あれからずっと、私の机の上で輝いている。

ウォンジュのステージで麻ゆみに続く巫女さんと絵美さんが
眩しいばかりのライトに照らし出され笑みを浮かべながら
一歩一歩にじり寄る姿は、今でもしっかりと頭の中に残っている。
その印象的な瞬間の美しさは、何時までも私の宝となる。

高知の二日間、じっくりと楽しませてもらった、
彼女も十分楽しんだ事だろう。
しかし彼女の本当の姿は、、、、こんなものではない。

それは、横で踊っていた吉田君も同じだろう。
彼らの、いきざま
二人の本当の姿を見せてもらいに、SUGA ANGEL達と
今夜出発する。

しゅらさんや、絵美さんも来る和歌山。
須賀の息吹が聞こえるあの場所へ、、、、。

いきざまつり、巫女の舞う聖地へ。

posted by satowa2 at 04:29| Comment(0) | essay | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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