2014年02月20日

錦とIZANAI

レイチル誕生の2002年は高知国体の年であり、
開会式での「現代よさこい」演出総監督を務めた須賀は
華やかな時代から一転した屈辱的な時代の,長いトンネルを抜け出て
名実共によさこいの頂点に立った事を全国にアピールした。

これを機に全国的に須賀の踊りは広がり始め、
それまでに須賀連の蒔いた種が芽を出して各地で祭りが起こる。

「いざないミュージカル」の言葉は子供達だけの為ではなく
「いざないジョン万フェスティバル」に始まり「コズミックレイン」や
「レヒーナ」などミュージカルの冠として使われ、
「よさこい」にも「須賀連」を「須賀いざない連」として使う事になる。

これは、岡野氏との出会いで、子供達に「レインボーチルドレン」
としての使命を与えることが出来たので、
「いざない」を須賀の根底に置き広い意味の「いざない」を目指す
ことが出来るようになったからだろう。

その後「いざない」が「IZANAI]に改められ、
現在全てを統括する「須賀のIZANAI」が確立するのだが、
この変換期に出来たのが、錦のよさこい祭りである。

山間の「ふるさと」を想い起こす広瀬は、
マウイを好んだ須賀にとっては特別の想いが湧いていたのだろう。
この土地の持つ独特の雰囲気と蛍のメンバーとの触れ合いが
「この世の三無を正す」「いい世よ来い」の想いを、
心に秘めていた「いざない」の言葉に換え、それを
「IZANAI」として新たに出発する決心をさせたのではないか、、
私はそんな気がしてならない。


山口県錦町広瀬、行くというより、帰る。
そんな言葉が良く似合う町である。

的場リーダーによると、私の撮影した、2001年の追手筋総踊り
のビデオを見て「総踊りパレード」が始まったらしい。
何とも嬉しい話である。
昨年11年振りに地方車の上から総踊りを撮影した。

ビデオは、高知から錦へ嫁いだ貴美先生と、よさこいの夢菜と希帆たち。



posted by satowa2 at 01:34| Comment(0) | essay | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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