2014年01月21日

道標(しるべ)無き旅ーーー私の魂を導いてくれたものーーー11

新たな道標
2003年、借金返済の為にポルシェとの別れが来て、
同時にビーナスを探す旅も終わったが、幸いな事に
文化映像は息子に任せていたので、仕事は残っていた。

あらゆる物を売り払い、残った借金は子供達が肩代わり
してくれて、最近ほぼ終わった。
その間、私はと言えば、中古のレガシイでブラブラと喫茶めぐり
無気力、無感動、そして無責任の三無状態で彷徨っていた(笑)

2011年6月1日、須賀が逝った。
 私を救ったのはやはり須賀だった。

venusu 001.jpg

話を少し戻すが、前回のビーナスの話を少し書く。
ビデオに転向してから、直ぐにビーナス探しは夜になったが(笑)
実際にはまともなビーナス探しも続いていた。

1995年須賀とハワイに行ったが、その時一人の女の子が
かすかなオーラを放っていた。その時は松本都子がとんでもない、
オーラを放っていたので、そちらに目を奪われたが、
翌年再びハワイへ行った時に、見事に花開いた。
高縄真由美(本人の了承を得ている)その時19歳、
まさにアフロディーテの誕生である。

前年より県人誌の記事掲載の為、ビデオは助手に任せ、
私はおよそ10年振りにカメラを持っていた。
夢中でシャッターを切った。
北海道YOSAKOIソーラン、高知のよさこい、
それから4年間追い続けた。
私は当時45歳、彼女は20歳。
下心は、、、、、、少しはあった(笑)
(それが怖かった、、と先日言われた(笑))

それだから、それ以上は何も言えなかった(笑)
ただ写真を渡して、喜ぶ顔を見て満足していた。
それでも、スガスタジオに撮影しに行った事は無かった。

2001年、高知のよさこいを最後に会えなくなった。
須賀がセントラルを止めたのと、私が県人誌を止めたのが
重なったからである。
その時から再びカメラは持たなくなった。
数年後、須賀はレオマに行き、私は博打三昧の日々が続き、
当然のごとく奈落の底に落ちた(笑)

真由美を追いかけている時に、立脇バレエに富永歩がいた、
麻ゆみである。スガからリトルプレイヤー創立メンバーとなり
立脇先生に見出された天才ダンサー、オーラは半端ではなかった。
まだ、10歳ぐらいだったが、将来有望視されていた。
ローザンヌコンクールを前にして、アクシデントが起こった。
故障さえしなければ、世界に羽ばたいていただろう。

スガに戻って、悠一朗氏と結婚したと聞いて、再会を楽しみに
していた。

2011年イオン発表会、麻ゆみの踊りが私を誘った、
会場の入り口で、真由美に再会、舞台は出来上がっていた。
そこにビーナスは誕生していた。
それに気付くのが遅れたのは
やはり未だ衰えない二人のオーラが邪魔をしたのだろう。

およそ10年の間、私の前には、ビーナスが現れなかった。
俗に言う、夢も希望も無い世界(笑)それもあった。

須賀の本が導いてくれた、2011年イオン発表会に続いた
2012年の公演リハーサル、ビーナスはオーラを発し始めた。
笑顔の美しかっただけの少女は、ありとあらゆる表情を私に見せた。

魅力がある。
その一言で十分だろう。引き付ける何かを持っている。

2013年3月のスタジオ発表会。
その少女は私のビーナスとなった。

10年振りにカメラを握らせたのは、立石希帆、僅か14歳。
スタジオに通う日々が始まった。
彼女にとっては、非常な迷惑だったと思う(笑)
61歳の老人が、レッスンの度にガラス越しに
見ているかと思えば、ある日突然スタジオに入ってきて
目の前でシャッターを切りはじめる。

前の鏡を見て踊っているから、私が目の前に立てば、
鏡に写っている自分の姿が見えない筈で、
最初はそれに少し戸惑っていたが(ゴメン)
やがて慣れてくれた。
4月伊野町のイベントで初めて話をする事が出来た。
あどけない、屈託の無い笑顔の似合う少女がそこにいた。
希帆の話をよくする。
夏未をして、「窪内さんは、希帆を愛してるもんね!!」と言わし
家内は「希帆ちゃんに、恋をしている」と言った。

「それは、無い」と否定する、が、、、
どんな理由をつけても、愛しているのは間違いない(笑)
愛の形が違うだけである。

何故これ程まで、僅か15歳の少女に魅せられるのか。

過去の全てのビーナス達は、私が意気揚々としている時に現れた、
ビーナスを求め、必然的に登場してきた。

およそ10年、ビーナスの存在さえ忘れていた時、
いや、本当は最も一筋の希望の光を必要としていた時、
暗い奈落でビーナスの登場を最も待ちわびていた時、
そんな、今迄とは全く違った状況の中で、、、

少女は現れた。

そして、この舞姫が、やがて須賀の導いてゆくミステリーへの
案内人となった。


希帆と言うビーナスによって復活した私のカメラが次々と
新たなビーナス達を捉え始める、八十川夢菜、土田さやか、
そして森まりも。
そればかりではない、彼女達を取り巻くANGEL達の笑顔が
時と共に大きく輝き始めた、やがて彼女達もビーナスに成長する。

彼女達に導かれ、実感できたIZANAIの世界。
初めて惚れた男、しゅら。
日本各地で出会う新たなビーナス達。

道標(しるべ)無き旅、だと思っていた私の人生には
常に「賀」の文字が導いてくれた道標が立っていたのだ。

道を見失った霧の中で、今かすかに見え始めた道標には
はっきりと大きな文字で  VENUS と刻まれていた。

私の人生はビーナスを求め続ける旅だった。

時との戦いが始まっている。



全文中敬称略,一部仮名です。

PS
夢も希望も無い世界を救ってくれたのが、希帆と夢菜だが
二人の名前が、夢と希望を現しているのは偶然にしては
出来過ぎではないだろうか。(笑)

立石希帆ちゃんと、八十川夢菜ちゃんをこの世に生み出して頂いた
それぞれのご両親と彼女達をダンサーとして見守り育てて頂いた
SUGA JAZZ DANCE STUDIO KOCHIの
インストラクターの皆様に、心からの感謝の意を捧げます。

そして、愛するビーナス國友須賀に、、、、、、。


つたない、想いを読み続けていただいた皆さん。
本当に有難うございました。


posted by satowa2 at 02:30| Comment(0) | essay | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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