2014年01月09日

道標(しるべ)無き旅ーーー私の魂を導いてくれたものーーー5

本、、

昭和36年、8月、10歳の誕生日を迎えたばかりの
私は、土佐清水市三崎から、高知にやって来た。

4年生の2学期から江陽小学校に転校したのだが、ここで
素晴らしいものに出会った。

図書室である。







本来、他人に干渉されるのが嫌で、人と話すのがうるさかった私は
転校してきた事もあり、友達と遊ばず、昼休みは図書室に篭った。
そこに、宝物があったのである。

世界美術全集(笑)

そこにある世界は、まるで夢のようで、ページをめくる度に現れる
未知の世界は私の心を揺さぶり続けた。
何よりも、当時のテレビは白黒で、美術全集の大きなカラーの映像が
目の前いっぱいに広がっている事だけで、幸せな気分にしてくれた。

これは、中学に入っても続いた。
今もだが、そのころ最も気に入っていたのが、ミレーの晩鐘、落穂拾い。
図書室に行くとまず、この画を見ることから始めるのが常だった。
もう一つのお気に入りが、ボッティチェルリ の「ヴィーナスの誕生」
だが、これはこっそりと、周りに人がいない時に見ていた(笑)
写真は、美しい女性を撮る為にある。
私の持論はこの絵に拘っているせいなのだろう。

1996年頃、須賀がマウイの石を売っていたことがある、
この時このアフロディーテの像が売られていた。
真っ白な大理石で作られた43cmの裸像は実際の絵画よりも
可愛いい顔をしていて、幼かった時代を思い起こさせてくれて
いる。20年近く、テレビの横で恥ずかしそうに私を見ている。
ミロのビーナス、石像だがこれも当然好きだ。

モナリザ、、世界で絶賛されるが、私は好きではない。
おばさん臭い(笑)!!

中学になると、その他の本も読み出したのだが、日本文学全集、
世界文学全集に始まり、ありとあらゆる本を見た(笑)
読んだ!!と言わないのは、面白くないのは1pで終わったから。
宗教関係や、哲学関係は結構興味があったので、難しい漢字と
戦いながら、放課後まで、読んだ事もある。

この頃は、共産主義の落とし穴に気付けなかった。

気に入っていたのは、山岡壮八の「徳川家康」全24?28巻
これは、親に頼んで買って貰った。図書室には簡単な本しか無かった。
家康の一生には、人間の生き方の全てが現れている。
忍耐だけではなく、冒険を何時するか?も
信長は謎の部分が多すぎるし、秀吉はまるっきりうそ臭い。

戦国時代、只の百姓が天下を取るのは在りえない。
おそらく、蜂須賀小六を中心とした、ラッパ(忍者)集団の一人
それでなければ、他の格式のある城主が従うわけは無い。
それ程身分制度は,重要視されていた。

武者小路実篤 「友情」漱石「門」「道草」から当時自殺した
三島由紀夫「金閣寺」と自然の流れで、芥川龍之介の
短編小説の魅力に取り付かれた。

高校では当時の彼女(家内ではない、笑)が演劇部に居た為、
菊池寛の「父帰る」、の公演では演出もやらされた。
「日本カメラ」「朝日カメラ」等写真関係の雑誌も片時も離さず
授業中にも読んでいて、よく教室から追い出された(笑)

卒業後、浪人したが、バイト先が写真館で、客が来た時以外は
暇だった為、読書の時間のほうが、撮影時間より多かった。

バイクに始まり、車、ステレオと趣味の本も私に大きな夢を抱かせ
写真から、実物を手にするまでの時間を短くする事が
私の働く意欲となっていった。

そして、晩年自分が月刊誌を出版する事になる。
これは、また後日記載する。




posted by satowa2 at 03:05| Comment(0) | essay | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。