2014年01月05日

道標(しるべ)無き旅ーーー私の魂を導いてくれたものーーー3

宗教、信仰
人が生きていく上で、最も大事なのが信仰である。
その家の宗教がその人の基本的な人格を作る。
宗教的な親の思想が、ダイレクトに子に伝わるからである。
最近、無宗教の人が多いように見えるが、それは生活の困窮が
無いからで、困った時には必ず神様、仏様である。


宗教の違いは、結婚の大きな障害になる。
両家親族の考え方の違いは、一時的に黙殺している二人には
諸に現実となって跳ね返ってくる。

しかし、どんな宗教であれ、教えとされているのは奇麗事であり
教祖を称え、それを利用して生きているごく僅かの側近の為の集団擁護説
であって、馬鹿を見ているのは一般大衆なのだが、、、、。
教祖とされる人や、その周りに突っ立っている人の衣装や財を見れば
おのずと答えは見えてくる。

私は土佐清水市の七社を管理する宮司の息子として生まれた、。
本来は13代宮司(神職は試験で登用、宮司は世襲)を勤める運命だったが、
戦争がそれを変えた。

戦前、神職は国家公務員で国から給料が出ていた。
戦後神道は国教で無くなり、国学院大学も国立から私立となった。
当然、給料も無く祭事で地域の住民に頼る生活を余儀なくされた父は
息子の将来を危ぶんだ。

私の基本的思想の中心となっている、大衆=烏合の衆 思想は
この一件が元になっている。
寺は坊主の所持、墓を作り、土地を売って財を増やす、葬式をあげても
戒名の格式とやらで,値段が釣り上がる。
神社は国及び地方の所有で、墓は山にある。宮司は神社の管理人に過ぎない。
子供が産まれ、名前をつけても、葬式をあげても、謝礼は決まっていない。
まさに謝礼だけ(今は大体決められているが、僅かである)

坊主丸儲け、、、と言う言葉はここから生まれた(笑)!

日本神道(しんとう)の教えは、良心、感謝、である。
一時期、このつまらない教えの根底を探る為、祝詞、易、手相人相骨相、
姓名学、方位学を学んだが、答えは見つからなかった。
父は笑っていた。

キリスト教、仏教、儒教の教えを学ぶうち、その胡散臭さに、反吐が出た。
そこにはレーニンの社会主義同様、奇麗事を並べて利を得ようとする
権力者特有の匂いがしたからだ。

気がつけば、毎年暦を広げ、運勢を見て慎重に歩んでいる自分が居た。
結局、何も求めず、日々全ての事に感謝して、自身の進む道が
自然と融合させる事だと、教えてくれる、神道の道に帰って来た。
我が家にはいまだに神棚があり、天照皇大神と祖先が祭られている。

俗に言う、天照大御神(アマテラスオオミカミ)は古事記で、
天照大神(アマテラスオオカミ)は日本書紀だがどちらも、神であり

神の末裔とされる皇室を祭った伊勢神宮(日本神道本宮)では
天照皇大神(アマテラスオオミノカミ)を使う。
祝詞では「アマテラススメオオミノカミ」と発音する。
天照坐皇大神、は祭壇に天照皇大神が座している(祭られている)状態。

お宮から貰ってくる御札には「天照皇大神」と書かれている

近世の研究で中臣鎌足が百済の王子だった事が判明している。
とすれば、鎌足の末裔である藤原家の始祖、藤原不比等も
朝鮮(百済)人ということになり、藤原家が立てた天皇家は勿論、
先祖に藤原氏の姓を持つ多くの日本人は百済人の末裔と言う事になる(笑)!

藤原阿臣大久保兵衛太夫光久 我が家の初代だが、、、
私も百済人、、、、でも良いけどね(笑)!

いでに、書くと古事記は大和民族の言い伝え(古事記と言う本は無い)で、
日本書紀はそれを元に百済人が(藤原不比等)自分達の都合の
良いように書き加えたものと言える。
日本書紀も原本は無く、写しとしたものが存在するだけ。
キリスト教の聖書と全く同じ。(笑)!

経典なんてそんなもの。
信じても良いけど、頼ると裏切られるよ!!




posted by satowa2 at 01:44| Comment(0) | essay | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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