2014年01月02日

道標(しるべ)無き旅ーーー私の魂を導いてくれたものーーー


平成26年が明けた、私は昭和26年生まれで、今年63。
平成15年あたりから昨年まで自分の道標を見つけられないで
居た,,,と言うより見つけようとしていなかった。
今おぼろげながら、残り僅かな人生の道標らしきものが
見え始めている。それを確かめる為にも、
私の魂を導いてくれた物(者)を思い出していきたいと思う。
関心のある方は、読んで下さい。




カメラ
私の叔父が気違いじみた写真趣味で、自宅に一室丸ごとの
大きな暗室を持っていた、そこで写真を焼いている姿が
未だに心の奥に残っている。

感光紙に光を当て、赤くゆれる現像液に入れると、
やがて浮かび上がってくる人や風景が、
未だ小学生だった私には、大きな魔法使いが現れて、
自分の夢や希望を叶えてくれるような錯覚を覚えた。

高校に入って、クラブを選ばなければならなかった時、
中学で剣道部に入っていたので、高校では文化部を選んだ。
写真部。昼食代を貯め、写真館でアルバイトをして
叔父の使っていたのと同じカメラ を買った。
6万円、
当時の高卒の市役所職員の初任給が3万円の時代である。

Nikon−Fこのカメラが私の人生を決めた。3年になる春
合格発表を見に来ていた女子中学生がこのカメラに収まった。
夏、新聞部の手伝いに来た彼女と知り合った。それから43年
たった今も彼女は私の側に居る。

卒業後、リュックを背負い、ヒッチハイクへ出かけた時も
私の首に掛けられて日本一周をした。...
松山でシージャック犯射殺現場に遭遇し、大阪万博では太陽の塔
乗っ取り犯人を捉え、網走湖の夕日を記録した。
数多くの賞を貰ったのもこのカメラ。

朝9時から夕方5時まで人に雇われて仕事をするのが、
絶対に嫌だった私にとって、唯一生活の支えとなる仕事を
与えてくれたのが、このカメラだった。

posted by satowa2 at 20:54| Comment(0) | essay | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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