2013年12月07日

白ひげのおじいさん 宇宙からのメッセージ

須賀のもう一つの遺志?

ようやく、錦のDVDが完成して、交流会のシーンを
腹を抱えながら、見直していた。
劇中、須賀が馬路村へ行った時に現れる白ひげのおじいさん、、。











田村千賀先生のコメントで有名になった話だが、
もうそろそろ、本当の事を話してもいい頃だろう(笑)!

結論から言えば、
見事に千賀先生が、担がれた話であり、
白ひげのおじいさんは、須賀先生の作り話である。


須賀が、神、もしくは宇宙からのメッセージを実際受けたのか
どうかは、本人しか解らないが、ウソをつく人ではないので、
メッセージがあったと、信じて話を進めていく。
IZANAIの本質を語る時、この言葉がこれ程重要視されるならば
曖昧なルーツを持っていては、後に混乱が起こりそうだからである。

「無気力、無感動、無責任、この世の三無を正せ」
須賀が夢の中でこのメッセージ、啓示を受けたのは、
「須賀」よろこびのはじまり、に書いてある通り
1986年頃である。

この時は、まばゆいばかりの光の中の凄まじい音である。
白ひげのおじいさんは登場しない。

当時の須賀は、悠一朗君たちと離され、失意の日々を送っていた。
悠一朗君が小学2年生の時だから、当時8歳ぐらい、
だとすると、1986年前後である。

では、馬路村の年代?
千賀先生がSUGAに在籍したのは、
1989年の「ミュージカル龍馬」の後だから、
1990年からおよそ6年間である。
この間に馬路村に行った事になる。

つまり、どう考えても、この二つの啓示には3年以上の隔たりがある。

では、馬路村が真実で、2001年7月に書かれた須賀のエッセイ
「私のよさこい履歴書」の中の文が、作り話だとしたら、、、、
まあ、話としたら、白ひげのおじいさんより、
キサナドゥみたいな光のほうが、格好いい(笑)!
(結構、須賀は、そんなチャメッケがあった)

そうではない、事実がここにある。

実は、「須賀」よろこびのはじまり、の原稿が寄せられた時に、
私の独断で、敢えて削除した文章がある。

井上さちこさん、靖子先生のお母さんの文章である。

(子供たちと別れて、失意の中でも多忙な生活を送っていた先生が、
ある朝、起きて顔を合わせるなり、私に言った。
「ものすごい夢を見たの、まばゆいい光に包まれて、この世の三無、
無気力、無感動、無責任を踊りを通して正せ!!といわれたのョ」)

井上さちこさん、は当時須賀のマンションで同居していた。
この文章は須賀のエッセイと同時期の出来事事であり信憑性が高い。

つまり、須賀は1986年頃、自宅で啓示を受けた事が解る。

私が、この文章を削除したのは、時期的な問題と、
既に馬路村の話が通説となっていて、余計な混乱を
憂慮した為なのだが、馬路村の話が大きくなり過ぎた(笑)!

発刊当時、千賀先生とも、この話をしたが、
「前にも、見たし、馬路村でも見たのだろう。」だし、
佐藤春雄さんとの会話の中で
「いつだったか忘れたけど、僕も聞いた事がある。」だったから
その程度の話、、、と知らぬ顔をしていたが、
IZANAIに関わるようになってから、心の奥ではいつも気になっていた。

過去の偉人、伝説の人物には必ず、神の啓示を受けた話がつき物。
それが普通であるから、須賀もいつの日かこの啓示話が真っ先に
語られる事になるのだが、
その為にも、ここで明白にしておかなければならない。

馬路村の白ひげのおじいさんは、須賀のチャメッケで
過去に受けた啓示を、千賀先生に知らす為に作った
全くデタラメのおじいさんだったと。


そうしないと、実際に受けたかもしれない、
1986年頃の啓示さえ、信憑性がなくなってしまう。

何故なら、この手の啓示は、
過去どんな人物も一度きりであり、
それも、人生どん底の時期に、受けるのが相場である。

何度も啓示を受けた偉人の話など、聞いた事が無いからね。


私的には、白ひげのおじいさんの話が好きだが(笑)!






posted by satowa2 at 00:00| Comment(0) | essay | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。