2013年11月30日

國友須賀の遺志 ー真釣りのこころー

山口県錦町広瀬、

2013年11月17日、朝靄の中で全国各地から集まってきた
須賀IZANAIの精鋭たちが、今日の演舞の合わせをしていた。
錦ふるさとまつり、決して来る事が無い筈の、中国山地の奥深い村の祭に
何かに曳かれるように、やって来た。
この時はこの祭が、須賀の言っていたー真釣りーである事に気付けなかった。


(非常に長文である為、お暇な時にお読みください(笑)!)





須賀の遺志

2010年に電話で話して以来、連絡をとっていなかった。
2、3年ごとにヒョッコリ電話が架かってきて一仕事をする。
2001年からの須賀との付き合いは、そんな感じだった。
訃報を聞くまで、、、、、

須賀の遺志が動き始める

2011年8月、よさこい前夜祭。セントラル94の演舞、
95年第一回のホノルルフェスティバルを思い出す。
須賀との本当の付き合いは、ここから始まった。

2011年12月イオンでの発表会、
私を動かすには女の子が一番、と言う事を須賀は知っていた。
千早、希帆にめぐり合った。

彼女達を見るためにSUGAのスタジオに通い始めたのだが
すぐに千早がいなくなり、希帆だけになった。

2012年 30周年記念公演
YOU ARE LOVE、MAHOROBA2012 
の素晴らしさにやっと気付いた、
YouTubeの映像では伝わらない熱気。
全国からIZANAIの精鋭たちが、集まっていた。
彼等、彼女達が現在のように私と関わる人物だとは、
微塵も感じなかった。

公演後後片付けをする希帆の周りに夢菜とさやか、がいた。
彼女達を撮りたいと思った、12年も手にしなかった
スチールカメラも新たに購入する羽目になった。

さわやかなゆめときぼう!!
暇を持て余していた私が、突然の10年ぶりの本の編集作業に追われ、
心身ともに疲れ果てていた時に現れた、女神たちである。

2013年4月から彼女達につられて県内のイベントや
県外遠征に同行して記録を開始したのだが、
これが彼女達を使った須賀の思惑だった。

2013年5月広島、MAHOROBA2012、パレードの最中に、
踊りの渦に引き込まれる。
麻ゆみが、ひすいが、そして、3人が、、、呼んでいる。
踊り子達のオーラに包まれ、私も踊った。


小豆島遠征  風神一周年
2ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

6月佐世保、九州発表会
8月高知のよさこいからの神戸 アホの岩戸開き

そして和歌山いきざまつり
ここで、須賀の思惑が姿を現した。

これまで、SUGA ANGEL達の記録はしても、
他のチームをまともに撮影した事は無かった、、、、、、、、
彼女達がいるから、そこに行くのであって、
彼女達の姿を記録するのが遠征する目的であった、、、
 
連日徹夜して明け方に就寝する生活をしていた私は、
午前1時スタジオ出発の車に乗せて貰って和歌山を目指した。
例のごとく眠れないまま、到着は6時半、レストランでモーニング、
会場に到着、降り続く雨が体を濡らし意識を朦朧とさせる。

24日12時 演舞開始、紀道、産土  
さも当然のように、何のためらいも無く、ずぶ濡れになりながら
撮影している私がいた。何故?なのか、、
出迎えてくれた吉田君と巫女さんの挨拶が気に入ったのか(笑)!
とにかく何も考えずに、次の本命、よさこいを撮影した。

その直後なのか、他のSUGAナンバーを撮影した後なのか、
はっきりしないが、眠気と戦いながら、持病の腰痛が出てきて、
テントの片隅に横になった。
耐え切れずに近くにいた敬偉に腰を踏んでもらった(笑)!

何時の間にか、眠っていた、、、、

撮らなければ!!
朦朧とする意識が私の体を雨の中へ連れ出した。
薄黄色い衣装をカメラが捕らえる。

錦よさこい連 蛍  
最近では珍しく菅笠をかぶり、不思議な雰囲気をかもし出していた。
(改めて映像を確認したら、この時、松重絵美さんと、
しゅらさんを捉えているが、気付かなかった)

魅入ってしまった。

25日、雨は降っていたが、昨夜の交流会と、ホテルでの
美人のマッサージで絶好調、
(そう言えば、錦の皆さんとホテルが一緒だった、
声をかけて貰ったのに適当な返事、私は興味ある人としか話せない)

高知からANGEL達の親も応援に来て、最高に盛り上がる。
やがて、あまたつの道、の演舞

一人の中年男が異常なオーラを放っていた。
30周年公演で岩国のナンバーを踊っていた男。
たしか九州公演でも見かけた、後に知った、しゅら、と呼ばれる男。

言っておくが、私は男には興味が無い、
いや、そういう意味ではなく(笑)!
男に興味を持って撮影した事は過去一度も無い!!
敢えて言えば、佛踊をソロで踊る悠一朗君ぐらいか。
まして、スチールとなれば、、、
写真は女性のために在る、と思っている(笑)!

それが、しゅらさんに魅せられてしまい、その後の演舞は
蛍のメンバーそっちのけで、
しゅらさん一人に夢中でシャッターを切っていた。
演舞終了直後、手を差し出すと、力強く握り返してきた。
お互い無言で頷き合った。

何時の間にか、雨はあがっていた。

今にして思えば、
これも須賀のイタズラだったに違いない。
理由は、錦の交流会で朗かになる。

その後、何かに背中を押されながら気になったチームを撮影した。
私のYouTubeを見てもらえれば解るが、仕事以外で、
いきざまつり以前にSUGA以外のチームはUPされていない。
つまり、紀道と蛍は、
私が須賀以外で初めて撮影したチームと言う事になる。

そこに、須賀の息遣いが感じられた。この場所には須賀がいる。

そう感じたのは、吉田君や巫女さんの想いが、
須賀の想いそのままだったからだろう。
来年も来なくては、、、この祭に何か手助けが出来たら、、、。

3−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

そして、錦への道が開かれる事になる

24日開かれた交流会、それは噂に聞いた以上の爆笑物、見事だった。
ひすいに錦、蛍の交流会も同じように面白いから、ぜひ行こう、
と誘われた。
当然、ANGELたちも同行するだろう、とその気になった(笑)!

高知に帰ってきてから、UPした映像を通じて、吉田君や
巫女さんとの交流が始まった。想いは通じるものが多かった。
しゅらさんとの交流も始まり、錦への思いは強まっていった。
藤原貴美さん、からメッセージを貰った、
お姉さんが高知でコンサートを開くと言う、
その前から行く予定だったので、当日美術館で再会?。
そこで初めての会話となる、ここでも錦の地への誘い。

須賀はどうしても私を錦へ行かせたかったらしい、
どんな事があろうと私の気が変わらないように、
あらゆる手を使ってきた。


9月末、韓国遠征、6月にも須賀IZANAI連が遠征していたが、
ANGELたちが行かないのでスルー(笑)!今回もそう思っていたら、
10日前に夢菜とさやか、が同行する事を知った。
その場で、ひすいに参加表明。解り易い性格である。

ここで一つのドラマが生まれる。
関空で出発を待っていると、
錦の3人がフライト時間が迫っているのに、
渋滞で関空から2時間の所で立ち往生。到底間に合わない。

遅らしてフライトしようにも、通常チケットは前予約の3倍もする。
電話の向こうで、今回は見送るみたいな声。ひすいの顔が見る見る
曇ってゆく。「あの3人がいないと、踊りが寂しくなる、、、、。」
複雑な気持ちで、私たちの便は韓国へ。
仁川空港へ到着するなり、奇跡が起こった。

錦の3人の乗る予定の飛行機が故障で3時間の遅延(笑)!
無事フライト出来るとの朗報!!!

須賀がまた何かやったようだ(笑)!
と言うのは、この3人、
的場リーダーと伊賀ちゃん、そして松重絵美さん。
何れも私を錦へ連れて行くための、須賀の刺客

3日も外国で一緒にいれば、当然情が沸いてくる、
3人に「今度は錦へ」と誘われれば、これまでのこともあり、
行くとしか言いようがない。(笑)!
巫女さんの妹分と紹介された、絵美さんは、
これまでに会っている筈なのに私の中では、全くの初対面。
しかしこの娘が私を錦へ行かせる要因となった。

9月29日、朝から降っていた雨が小雨に変わり、
よさこいの演舞が終わる頃には
すっかりやんで、薄暗くなっていくWONJUストリート。
韓国JINの演舞「宇宙よ大地よありがとう」が始まる。
夢菜とさやかが、日本チームの先頭で踊っている。
まさかこの子達と韓国の地で同じ空間に存在しようとは、、、
その後を、麻ゆみと、ひすいが続く、脇には巫女さんそして、、、、
絵美さん、の顔がビューファーに映った瞬間、時間が止まる。
その瞳の中に須賀がいた、
それも30年前に出会った時のあの笑みを浮かべて。
絵美と笑み??いやギャグではない。

とても長く感じた、その瞬間は、その夜確認しても、
日本へ帰ってから何度見直しても2秒足らずの短い時間だった。

その夜、遅くにホテルの近くの焼肉屋に10人近くが集結、
酒宴が開かれたが私は気になって、絵美さんの瞳を見つめていた。
それを見た巫女さんが後に「窪内さんは絵美にメロメロでした。」
と言っていたが
半分は当たっているが、こういう事情があった。
リーダーと意気投合、伊賀ちゃんと冗談を言い、巫女さんと錦再会を
約束すれば、もう怖いものは無い、、、、、、、、はずだった。

4ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ひすいが恐れていた通り、12月12日の発表会のリハーサルで
ANGEL達は誰一人、おまけに、ひすいまで参加しない事になった。
行く気が失せた!! いや半減したと言っておこう。
でも、、、、ANGELが一人もいない遠征は一度も行ってない。
1週間前、急に仕事が入ってきた、
と言うより合唱団撮影の仕事は入っていたのだが
23日公演のバレエのリハーサルが入ってきて、
息子が抜けるので合唱団のSWにSOSが出た。
息子いわく、「さわやかなゆめときぼう、は行かんのやろ!!!」

「しゅらさんや、リーダーとの約束があるから」
「吉田君や巫女さんも来るし」
何故か、絵美さんの名前は出せなかった(笑)!

結局振り切った(笑)!

14日、東京にいる娘が、16日に急に帰ってくるとの知らせ。
先日東京まで呼ばれて撮影した演劇のビデオの編集具合を
見たいとの事。そんな事言われても半分しか、、、、
やるしかないので、その日から徹夜。

行くと決めたら、何があろうと、ただ行くのみ!!
で、16日午前5時編集終了,7時半FBに貴美さんからメッセージ
「お待ちしております」
裏切り者にならなくて良かった(笑)!
8時半妻の車で高知駅へ娘を迎えに行き、そのままSUGAスタジオへ。
10時半出発、2日寝てない、、爆睡!!!!

交流会場へ着くなり。吉田君と巫女さんと
もう一人(ごめんなさい、だれだっけ?)が、挨拶に来てくれた。
そして錦の面々、しゅらさん、絵美さん。
なんと、岩目氏がいる。須賀のお別れ会以来?定かではない、、、、
年だから仕方ない(笑)!

何故か交流会を撮影する気満々、
いや、出発前に、ひすいからの熱望があった。
用意された席は、一番前の中央、
飾られている須賀の写真と向き合う事になった。
どうしても撮れと言う事かよ(笑)!

8時半過ぎ開幕、
蛍の演舞に続き、悠一朗君、麻ゆみの馴れ初め物語。
ここで、アクシデント、飾られた須賀の写真が邪魔して、
スクリーンの字幕が見えない。除けようと見に行ったら、
ガムテープでしっかり固定してある。
外すのも気がひけるので、放置していたら、悠一朗君が出てきて、
バリバリと、、、、彼だけに許される行為(笑)!

で、問題のセントラルシーン、
一瞬目を疑った。私が登場している。
背中に須賀を背負っているのはともかく、
帽子のマークならぬ、さわやかなゆめときぼうの写真
思わず仰け反ってしまった、、、、、、、、、。

演じたのは、しゅらさん

この時は爆笑するだけだったが、、、、、、、。
これが須賀の遺志だと気付いたのは、昨日29日である。

交流会は大爆笑のうちに終了した。

5ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「何にも無いですよ、本当に何にも無い所ですが、、、、」錦の皆が口を揃えて言う言葉。

本当に何も無い(笑)!だって競馬場は無いとしても、パチンコ屋ぐらい
まして今時コンビニが無い所は、、、ジュースの自動販売機だけはあった。

タバコが底をついていた、残り一本。
メインステージ会場、へ行ってみた。
トラックの後ろにスピーカーを積み上げた地方車、それを覆うように
須賀がいた。かなり若い頃の写真(笑)!に見えたが、
よく見たら、老けている(笑)!2000年ごろかな???
何処かで見た、、、、、、

横にあるテントで貴美さんと絵美さんが衣装もつけず、
パンフレットを整理していた。
そうか、絵美さんの瞳の奥の須賀!!!!

この写真だった。

謎が解けてきた。


山あいに囲まれた、小さな村?町?商店街と言うには狭い道路。
メイン会場は、T字路を閉鎖しただけの狭さでは日本一(笑)!
その角にタバコ屋さんがあった。飛び込んだ。
その向かいにはスーパーが。
中央ステージもJA前ステージも道路に面した駐車場、
観客は狭い道路に置かれた手作りの腰掛に座って喝采を送る。
一見、しょぼい祭である。

YOSAKOIそーらん、広島FF 地元高知、
よさこい祭は、その規模が拡されている。
広い会場、大規模な地方車、そして大人数。
それが、当たり前のように思っていた。

10時前、霧雨が降り始めた頃に、祭が始まった。
須賀IZANAI連よさこい。何とか撮り終えた。
あたりを見回すと、
錦のメンバーが誰一人衣装を着けていない。
皆、裏方の仕事をしている。
不思議に思ってプログラムを開く。
なんと、各ステージ終了まで、錦よさこい連 蛍の名前が無い!!

衝撃だった!!

祭は、その土地の人々が楽しむ為のもの、主催チームが
会場を移してからの演舞が予定されているとはいえ、
裏方に徹するとは!!

しかし、各会場の踊り子たちどころか、観客もスタッフも
この町にいる全ての人々の笑顔の素晴らしさ。
和むというのは、この事だろう。
賞はあるが、競争も無く、緊張もない。町全体が一つの家族。
 
すぐ後ろに迫った山と、鯉の泳ぐ錦川に挟まれた広瀬商店街は
祭一色に染まっている。雨もあがった。
各ステージの演舞が終わりに近づく頃、ようやく蛍のメンバーが
合同連と言う名目で踊り始めた。
その顔は、嘗て何処の会場でも見せたことの無い晴れやかな
笑顔に満ちていた。


究極は、商店街から始まった、大パレード。
地方車の先導は的場リーダー。
思わず飛び乗って、悠一朗君の横に座る。
後ろに、岩目氏。
道路を埋め尽くす群集。
楽曲がフリーダムに変わる!!
2001年の追手筋の再現!!
急に地方車が停止した、。
目的地の広瀬キャンパス会場のプロレスが終わらない。
錦川橋の途中で、待機!!


視界一杯に広がった錦川を渡る冷たい風が、頬をなでてゆく。
地方車から見下ろすと、橋から溢れそうになった行列が
メイン会場のT字路の奥を曲がり広瀬商店街の狭い道を埋め尽くしている。

透き通った清流には大きな鯉が群れなしている。
紅葉した木々が、迫り来る山々に散乱して美しい。
それを覆うかのように、低く広がったベールのような雲間から
薄日がさし始めている。

静かな時が、緩やかに流れていく。
忘れかけていた自然への誘い。

須賀先生、私に見せたかったのはこの祭なんですね。

自然の誘いの中の祭、真実の真釣り、、、
IZANAI

時代と共に楽曲や振り付けは変化していくが、
決して変わる事の無い、原点を大切にする心。
これこそが、須賀IZANAI


おそらく、この日を除けば決して人があふれる事などない山村。
遠く全国から集まった、若者達。
暖かく迎えてくれる錦のメンバー。

ふるさとへ帰る。
吉田君や巫女さんがよく口にする言葉。
その意味をようやく理解できた。

来てよかった、、、心からそう思った。

帰りの車の中は、爆睡!!途中のパーキングでのトイレタイムだけ起きた(笑)

6ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
須賀の遺志と私の使命

帰ってきてからずっと、いきざまつり、韓国遠征から帰ってきた時と同じ
違和感に包まれていた。
何かに曳かれている、誰かに動かされている。そんな感じがしていた。

私の生活が変わったのは、須賀の訃報を聞いてからだ。
須賀(よろこび)のはじまり、悠一朗、イオン、麻ゆみ、千早、希帆
夢菜、30周年公演、遠征、広島、九州、神戸、和歌山、韓国、錦と
キーワードを並べてみた。

このうち、さわやかなゆめときぼう、を除けて興味を持った事柄を並べると
30周年公演、広島、和歌山、韓国、錦となる。
この五つに共通するのは、 麻ゆみと巫女さんだ、
悠一朗君、吉田君は韓国がアウト、ひすいは錦がアウト、
的場リーダー、伊賀ちゃん、絵美さんは不明、

何故、和歌山で、男のしゅらさんだったのだろう??
そう考えると、答えが出てきた。
年間最終遠征が錦だから、しゅらさんの行動、、、、
セントラル94のリメイクの踊り、、、、よさこいの最初
ハワイ、IZANAI

しゅらさん 錦
絵美さん、須賀、地方車、錦
麻ゆみ、須賀
巫女さん、和歌山
どうも、和歌山と錦に関係しているようだ。

閃いて、パソコンの地図を開いて、いきざまつりが行われる
和歌山城、と錦町広瀬にポイントを打った。
そして、SUGAスタジオにポイントを打つ。
これだ!!

何と、高知から和歌山城の距離と、高知から錦町広瀬までの距離が
ぴったり一致した。直線でおよそ175K。
高知を頂点として、和歌山城、錦町広瀬は二等辺三角形を形成する。

こうなると、謎は解けた。


つまり、私の勝手な解釈だが、
高知に両足を揃えて立った須賀が、両手を開くと、右手が和歌山城
左手が錦町広瀬に届く。右の手のひらに、いきざまつり、
左の手のひらに、ふるさと祭を乗せて、未だにアホな事をしている
高知のよさこい祭を踏みつけて、
私の言うIZANAI真釣り、とはこんな祭りですよと、
言っている気がする。

しゅらさんによる、私の姿は、この事を記録しておけ、若しくは
他の人達に知らせ!!との須賀の遺志ではないだろうか??

まとめると、こうなる

須賀(よろこび)のはじまり、で悠一朗君、に合わせる為にイオンの発表会
へ行かせ、リハーサルで、麻ゆみを見せ、本番で千早と希帆に会わす。

希帆だけでは不安なので(実際イベントではどちらかがいない時があった)
夢菜とさやか、に会わせ、30周年公演で、あらかじめ後に要因となる
人達を印象付ける。
ここからが、須賀の思惑通りの遠征である、
まずさわやかなゆめときぼうを餌に、広島、九州、神戸で、再び巫女さん達を
印象付け、まんまと第一目標の和歌山へと誘った。
そこで、しゅらさんを私にめぐり会わせ。
韓国で絵美さんを使って自分の姿を見せ、貴美さんや、リーダーを使い
錦へと誘った。
交流会で、しゅらさんを使い、私にこの使命を伝えた!!!
 
(しゅらさんも、私同様、須賀に操られていたのかも(笑)!)

正に、須賀に操られた2年間だったのかもしれない。

今思う事は、もしそうだったとしても、須賀の会わせてくれた人達は
私にとって大切な存在になったし、この半年遠征した場所は、
私の素敵な思い出の場所になった。

私の勝手な思い込みだとしたら、この偶然の出会いは、神のみぞ知る
私の人生最大のミステリーと言う事になる。

いずれにしても、来年はいきざまつりと、ふるさとまつりには
何としても、行こうと、今から楽しみにしている私がいる。

須賀の息吹が聞こえる、いきざまつり。
須賀の追い求めた真釣りがある、ふるさとまつり。
そのどちらにも、その祭りを支える心温かいIZANAI人
がいる。


巫女さん、吉田君、的場リーダー、岡本さん、貴美さん、伊賀ちゃん
絵美さん、そしてしゅらさん。

悠一朗君、麻ゆみ、ひすい、千早、
そして、さわやかなゆめときぼう、のANGELたち

出会ってくれて本当に有難う!!

                窪内賀一



長文読んで下さって有難うございます。

























posted by satowa2 at 18:09| Comment(0) | essay | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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