2013年09月26日

いざない、とIZANAI

昨日ようやく、須賀IZANAI連2013よさこいのDVDを仕上げたのだが、
出来上がった映像を見ていて、此処数日前から、気になっていたことが、
浮かんで来た。ある人から質問されたのだが、
「IZANAI連て、昔から今のような活動をされてたのですか?」
「初めは、違います」と言ったものの、いつ頃だったのか、覚えていない。
SUGAのホームページでIZANAIを調べてみると、
「IZANAI は1990年代後半」だと出ているが、少し違う。

これは少し訂正しておかなければならないので、正確な記録を残しておこう。


そもそも、IZANAIと言う言葉は「いざない」から始まっている。
前にも記したが、1995年10月マウイのラブスターハウスで
レインボーチルドレン(以下レイチル)プロジェクトが話し合われた席で、
それよりも数日前にフランクと話していた時に浮かんで来た事を話した、
と記してある。(よろこびのはじまりP28)
IZANAIの始まりは「いざない」であり、現在のIZANAI連とは
少し違った意味合いがある。
何故なら、当時踊っていたのは「須賀連」もしくは「須賀よさこい連」であり、
「いざない」は97年に制作予定されたレイチルを中心としたスピリチュアル
ミュージカルの題名にしか他ならない。

尤も、「いざない」の言葉は須賀にすれば
心の中の楽園へのいざない
覚醒へのいざない
幸福へのいざない
無条件の愛へのいざない
オープン、ザ、ハートへのいざない

とあるからIZANAIの本質と、それほど違わない。

しかし、使われ方としては、あくまで「よさこい」とは別物扱いだった。
レイチルが2003年に日の目を見たのに対し
「いざない」は1999年にマウイ島で須賀により立ち上げられた、

「ジョン万次郎いざないよさこいフェスティバル」

で、初めて使われた。それが2001年3月の記事で初めて
「IZANAIよさこいフェスティバル」とある。5月の記事には再び
「いざないよさこいフェスティバル」とあるので、この時期には
「IZANAI」と言う言葉は未だ確定されてはいないようだ。

その後「いざないミュージカル」と名付けられたものが数本制作公演されたが、
「よさこい」とは結びついていない。
この頃は「いい世よ来い」の「よさこい」であり、三無を正す「よさこい」である。


それよりも、当時の須賀の頭には「よさこい」を使った、二つの考えのほうが強く、
1999年は岩目氏との「よさこい本陣」と「よさこいにっぽん」で、
ショービジネスと祭り起こしに躍起となったが、何れも失敗に終わった。

つまり、「IZANAI」と「須賀よさこい連」とは全く別物であった。
2002年国体開会式典でも「須賀連」となっていた記憶がある(定かではない)
ハッキリしているのは2005年香川のレオマワールドの事務所に行った時には
「SUGA IZANAIアカデミー」とあったので、おそらくこの時期に
「須賀IZANAI連」となったのではないかと思われる。

レイチルを中心にしたミュージカルで世界平和を願った「いざない」は
ジョン万で「IZANAI」へと変わり、
よさこいで全国に祭り起こしを狙った「よさこい日本」が消滅して
残された「須賀連」の仕事になり、やがて双方が合体して、
「須賀IZANAI連」が誕生したのだが、双方同じSUGAの
教え子達だから、ごく自然のなりゆきだったのだろう。
(よさこい日本が出来る前は、須賀連が全国の祭り起こしをしていた)

無気力、無感動、無責任な若者達を踊りを通じて正す、「よさこい」
世界平和を願い、未来を託されたレイチル。

一見、双方の目指すところは同じように思えるのだが、
実際には、多くの問題点を残す。

1999年に須賀が言っている。(P105)
よさこい日本は楽しく皆が踊り集う所。
須賀よさこい連は、レベル的にも全国に通用する「観せるよさこい」
を目指すチーム。

実は、この区分けこそが「よさこいにっぽん」が消滅した原因である。
この、区分けこそが、現代社会の現実であり、無気力、無感動、無責任な
若者を生み出している原因である事を、須賀は知っていたのだろうか?

踊りで、三無を正すなら、愛と平和を謡うなら
全ての人が、観せる為ではなく、
楽しく踊る事を目指さなければならない。


「須賀IZANAI連」が目指すべきところは「和歌山いきざまつり」のような
多くの踊り子が全国から集まり、皆で楽しめる場所を作る事だろう。

皆が踊り、皆が観る。そこに和が生まれる。

高知のよさこいを見れば解る、ほにや、十人十彩、トラック、
どこにも和は無い!!
いや、それぞれの連の中は和?(仲間意識)が出来ているが、
連どうしでは競争心からくる敵対心のほうが強い。
そして、こういった感情が戦争を引き起こす原因となる、人間の持っている
悲しい性であることに気付いている人は少ないだろう。

レイチルプロジェクト、全国のレイチルが同じ曲で同じ振り付けを踊る。
何と素晴らしい事だろう。
それだけでいいと思うのだが。
私は、彼達彼女達に、愛と平和は難しすぎると思うのだが、、、、、、、。
無心に踊っていれば、三無は逃げていくだろうに、、、、、、。

私は、「愛と平和」は、教えられるものではなく自ら感じとるものだと思う。

「須賀IZANA連」の目指す所が、無気力、無感動、無責任の三無を正すこと
そして、愛で世界平和を願う事とするなら、

現在の「須賀IZANAI連」(よさこいを通じた)の活動は2003、4年
頃からと思われる。



posted by satowa2 at 09:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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