2012年01月09日

「よろこびのはじまり」途中報告2

ここいらで、少し須賀先生のエッセイについて
触れてみよう。

前にも書いたが、エッセイは1995年4月から始まった。
その年の3月のハワイ、ホノルルフェスティバルの模様である。

この時踊られたのが、セントラル94だが、
私はこの踊りこそ、よさこい踊りとしては最も価値ある踊りであると思う。  


Untitled1.bmp



それは、約10年前、よさこいの異端児としてパッシングを受けながら
セントラルでようやく日の目を見始め「YOSAKOIソーラン」を興して
喝采を浴びるなかで、作り上げた、

過去の「よさこい」と「須賀の踊り」が融合された傑作。


それ以前の踊り(セントラルも含めて)は「高知のよさこい」色が強く、
ドラゴンに始まるそれ以降の踊りは、些か奇を衒った感が強い。
(観せる事を意識しすぎて、踊りではなく物語を見せ様としているし
 IZANAIは精神性が強く出すぎている)


紫の法被、菅笠で古くからの「よさこい」を意識して
黄色の腹掛け、エアロビクスを思わせる動きで未来を象徴した。

故安岡氏の楽曲も素朴さと、躍動感を感じさせる。


須賀「よさこい」の分岐点にある作品である。
この「須賀絶頂期」とも言える時期から始まったエッセイは、
その後、セントラルを離れ、ついには「ソーラン」からもパッシングを受け
一般的には不幸な時期を迎えているのだが、

須賀の凄さは、この頃のエッセイに見られるように、「われ関せず」であり。
まさに、「一ソーラン」の事等全く他人事、ひたすら我が道を行っている。

それは、日本全国の「よさこい」であり「よさこいにっぽん」構想であり
良い世よ来い、の「よさこい」、やがて「IZANAI]へと発展する壮大な計画、
「想い」を広げていく事だった。


その間、幾多の困難が有った筈だが、それらを乗り越えエッセイの終わった翌年
2002年「高知よさこい国体」では、「よさこい」の頂点に立っている。


このエッセイ、当時の須賀の置かれた状況を重ね合わせて読めば、
須賀の精神力や行動力が如何に常人離れをしていたかが、伝わってくる。

そして、寄稿されたメッセージを読めば、エッセイの後の
須賀の行動が浮かんでくる。そのどれもが
エッセイにある「想い」を実証して生きた事を物語っている。

須賀の「想い」を語り続けるエッセイ。
その「想い」を裏付ける多くの人々のメッセージ。

双方の「想い」がこれほど深く感じられる本は、

数少ないのではないだろうか。





(過去にこんな本は見たことが無いし(笑))


人生を変えるほどの人物。
國友須賀に出会ったことが「よろこびのはじまり」だった事を
あらためて実感している。













posted by satowa2 at 06:33| Comment(2) | boyaki | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
窪内さんありがとうございます。
ここ数日ぐっと冷え込んで来たので、
あったかくして作業してくださいね!!

私たちは「窪ジャケ」
(なつと二人、いただいたフリースをこう呼んでおります。。。)の
おかげでぬくぬくです〜〜〜^^
Posted by hisui at 2012年01月16日 16:05
>hisui様
老体にムチうって(笑)頑張っておりますが、
目が見えない、腰が痛いで、
もはや、寒さを感じない体になっております。
(ウソです、エアコンつけっ放しで喉がいたい)
もう少しで、出来上がりそうです。
ただし、校正ですが(笑)

Posted by 窪内 at 2012年01月18日 01:45
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